2003年6月22日日曜日

北海道、函館、富良野旅行

 7月2・3・4日

 相変わらずの直前旅行でした。6月27日(土)夜に北海道へ旅行に行く事を決め、28日にチケットレス航空券をネットで購入し、ネットで宿を検索、直前なので電話を掛けて宿を予約した。29日はレンタカーの手配をして、30日に羽田のパーキングを予約し、すべての旅行準備は終了させた。毎回思うのは、せめて2週間前に旅行日程を取る事が出来れば、半分以下の費用で行けるの だが・・・。 パインツリー最近の予約傾向は、ありがたいのだが直前予約が増加しており忙しいと負担を掛ける事になる家族経営の寂しさで、あまり早い時期から旅行の予約は出来ないのだ。 ・・となると、予約の見極めが出来る直前になる訳なのです。

 2日、4時50分に家を後にした。もう、すっかり明るくなっており、22日の夏至を過ぎたばかりを感じさせた。6時30分に羽田に着き、P1駐車場3Fに車を止めた。パーキング会社に電話を入れ、出発ロビー入り口で料金を支払い、キーを渡した。車を 空港パーキングに止めておくより、だいぶ安いのだ。 JALカウンターの横にあるチケットレスデイスペンサーへ行き、クレジットカードを差込み、情報を入力して、航空券を受け取る。ナント素晴らしいシステムだ!ついでに割引にもなっているのだ。 つい最近まで、飛行機を使って旅行に出掛ける時は、旅行会社を2週間以上前に訪ねて申し込み、担当と一緒にスケジュール調整をし、券を後日届けて貰うという事をやっていた訳である。それが、PCの普及により、自宅でコーヒーを飲みながらセルフ旅行会社が出来る時代になったのだ。
 
 7時35分発→8時55分 函館着
 
 どんよりとした雲が、函館山中腹まで降りて若干肌寒い天気だった。予約したトヨタレンタカーの空港カウンターへ行き、ワゴンで営業所へ向かった。説明を受けている内に大変な忘れ物がある事に気づいた。なんと!免許証を羽田の車に置いてきたのだ、一応借りる事が出来たが、思いを残すドライブになった。

 函館 


 空港の近くにあるトラピスチヌ修道院へ向かった。丘の上にある修道院は威風堂々としており、ヨーロッパの城を思わせる雰囲気を醸し出していた。函館山にロープウェイで登ろうとしたが、雲が低く垂れ込んでおり、視界が利かない所に行ってもしょうがないので諦め、立待岬へ向かった。風が強く、白波が立ち、微かに竜飛岬が見えた。強風に揺れて赤紫色に咲く浜茄子が印象的だった。元町教会、旧函館区民公会堂などを見て回った上手に保存されており、散歩が楽しくなる街だ。函館市場、函館ヒストリープラザなどで土産を買い求め家に送った。その晩は、空港近く湯の川温泉渚亭へ泊った勿論、ネット予約である。



 翌日は函館から旭川へ飛んだ。チケットレスを使っても2人で31400円だ、高い!でも、時間を買うのだからしょうがないか。機内でカメラを持っていたらスッチーが空いていた座席に誘ってくれた。窓から覗くと眼下に羊蹄山が見えたが「あれ~?」っと思うほど富士山に似ており、北海道上空を飛んでいる事が嘘に思える程だ、さすがに蝦夷富士と呼ばれるだけの事はある。  「続く」 と昨年書き込んだまま忘れてしまいアッ!と云う間に6月下旬、そう1年経ってしまったのである。 今更、続きもないので大変失礼ではありますが、以下写真をご覧下さい。
  


  美瑛   せるぶの丘


  ファーム富田


  富良野にて


  富良野ポップストーアスホテル


  「北の国から」


  夕張炭鉱博物館


  夕張キネマ街道




2002年9月10日火曜日

日光・鬼怒川

  5月22、23日
 
 今回の旅行は金沢方面に行こうと思っていたが、5月21日の晩、突然午後12時に日光への旅行が決まった。 6月23日に家内が友人とのグループ旅行が急遽、法事が当日入ってしまいキャンセルになってしまった為である。出掛ける先は日光鬼怒川であった。そこで、2人とも行っていなかった日光が浮上し「じゃ!行こうか!」と、なった訳である。

 22日朝”日光金谷ホテル”に電話を入れ、当日予約が出来た。1泊2食付きで18000円だった。粗、満室状態のチェックアウトを済ませお客様を送り出してからの出発で、午前11時30分に出発した。 快適なクルージングで、首都高に停滞が見られず、ラクラク美女木ICまで走った。初めての東北自動車道は片道3車線が走り易く楽チンドライブ、3時間30分で日光に着いてしまった。

 日光東照宮は”凄い!”の一語に尽きる場所だった。家康公の力を遺憾なく見せられた。日本中から名工を集め、何年もかけて完成させた神社は、すべてが美術工芸品の集まりで、匠の技の素晴らしさ、レベルの高さに
驚嘆した。






東照宮裏手の山にある「裏見の滝」駐車場に車を止め、川に沿って10分程歩く


 日光金谷ホテル
明治6年創業のクラシックホテル、機能的ではないが重厚でレトロな何処か懐かしい雰囲気のホテル。廊下に飾られた写真の中で当時、プールを凍らせスケート靴を履きセーターを着てマフラーを巻いた少年が、スケートを楽しんでいる図は驚いた。昔、幼少の頃、富士急ハイランドでスケートをした時に、使用したのはゲタスケートだったのだ。*ゲタの下に刃を付け、専用の紐で足に縛り付けたもの。





23日
 竜頭の滝、明智平を周った。華厳の滝(写真ナシ・処理中にロストしてしまった)は滝壺近くまで、約100メートル降りるエレベーターと、滝壺まで伸びたトンネルが印象に残った。展望台から華厳の滝のマイナスイオンをたっぷり浴びて帰った。中禅寺湖、戦場ヶ原など周り、鬼怒川温泉のアサヤホテルに泊まった。 


24日、日光江戸村に行った。
 江戸の町を想定したテーマパークで、想像より規模が大きく、従業員の皆さんも
愛想がよく、半日は楽しく遊ぶ事が出来るスポットだ。


 東部ワールドスクエアーはガリバーになれる空間だ。世界の名だたる建造物のミニチユアが広い敷地に並んでいた。サイバーショットを手に、1時間の世界一周撮影旅行を楽しんだ。




 帰り道、超有名な日光サル軍団を訪ねたが、丁度公演が終わった所で、次の公演までは1時間以上待たなければいけないので、取り止めにし帰路についた。途中で宇都宮のギョウザを食べようと話が決まり、駅裏の宇都宮餃子館に入った。午後1時を回っていたが店内は混んでおり、食べた中では野菜餃子が美味しかった。

 帰路も首都高に大した停滞も無く、6時には家に到着した。普段、緑に囲まれ、湖まで10分まで掛からない所に住んでいるので、山や湖を見ても感動は無いが、東照宮のスケールと、今に続くその威光には驚きを禁じえない。 まさに「日光を見ずして ケッコウと言うなかれ!」だ。