2011年6月22日水曜日

神奈川県三浦市・営業開発課を訪ね研修する旅

 平成23年6月14・15日 富士吉田市商工会議所・観光サービス部会は1泊2日で神奈川県三崎市・営業開発課 観光先進地を訪ねる研修旅行の旅だ。
 14日 午前8:50分会議所に集合し、15人の部員を乗せたバスは9:00出発した。バスガイドは富士急行の名物ガイド原さん、他に予約が入っていなければ必ずと言って良いほど部会のお世話をして貰っている。



 バスは2時間程で三浦半島の先端にある三崎港へ着いた。
市場を覗き時間を調整し12:00営業開発課お薦めの”割烹柳”で昼食となった。マグロづくしの薬膳弁当はマグロの赤身の刺身が新鮮で美味しく、マグロのハンバーグには甘いあんがかけられており食感の違いを楽しめた。尾のみを使った煮物マグロとネギを和えたヌタは美味しく、酢のもの好きとしては御代わりしたいほどだった。 後で聞いた話では、こちらのメニューも営業開発課と話し合って決めたそうである。

三浦市教育委員会

 参考資料として 三浦市のHP を見て驚いた、吉田市長も只者では無かった。3S
市長として市長就任以来、取り組む基本的な姿勢として「シンプル・スピード・サービス」の重要性を提唱しており、HP上や広報紙面上において「3S市長の経営視点」という市長コラムまで連載してる。発想は行政の垣根を越え、株式会社MIURA・C ではないかとさえ思えた。放射線情報からRSS(RSSリーダーを使い、ブラウザを起動して「三浦市ホームページ」にアクセスしなくても自動的に新着情報及びイベント情報をチェックする機能)までHP上にあり残念ながら我が富士吉田市HPの10倍以上先を進んでおり覚醒の感がある。さらに、新着情報「シテイーセールス」には、富士吉田から研修に来た旨が綴られており、16日に更新され HPへUPされており、そのスピードに感嘆し舌を巻いた、素晴らしい。行政のホームページは行政を映し出すカガミ、富士吉田も頑張って貰いたいものだ。

 市役所の別館、教育委員会の建物に案内され研修は始まり、営業開発課の稲田さんがプレゼンをして下さった。M・C・S・P(みうらシテイセールスプロポーション)と題されたお話は2009年3月に日本観光協会主催の優秀観光地づくり賞金賞総務大臣賞を、さすがに受賞しただけあるお話で、特筆すべきは こちら

     「行政革命の基本戦略5つの宣言」です。   (三浦市HPから)

  株式会社 三浦市は「財政」、「人財」、「情報」、「組織」、「サービス・事業」という5つの経営資源ごとに次のことを市民に向けて宣言します。あくまでも明るく積極的に前進する 私たちの行政革命に向けた宣言です。
   
@財政戦略  身の丈メリハリ宣言!! ~ 脱・アレもコレも
   市の財政は長年の「アレも、コレも」の発想でどんどん膨らんでしまいました。将来への備えや戦略的な投資のことも踏まえて、「アレか、コレか」とメリハリのある事業選択をすることによって財政規模を縮小し、身の丈に合わせます。

@人財戦略
  実力派仕事人宣言!! ~ 脱・年功序列人事

   何よりも採用年次や年齢を重んじ、みんな仲良く昇給昇格する年功序列人事をやめます。また、成果を出せる可能性に着目して人を雇い、その人の長所を伸ばすべく育て、成果を挙げれば重用する実力志向の仕組みに変えます。

@情報戦略 
  まるはだか宣言!! ~ 脱・閉鎖的ムラ社会

   市の信用力を高めるため、そして三浦に来て、知って、買って、住んでもらえるまちになるために、「求められれば公開する」のではなく「是非全部見てください」とまるはだかになって市民の中に、日本中に、そして世界中に飛び出す情報受発信と意思疎通のための仕組みをつくります。

@組織戦略
  庁内分権宣言!! ~ 脱・あなた任せ体質

   「この仕事はうちの仕事じゃない」、「この仕事の責任は誰が持つのか決めてくれ」というような職員、とりわけ管理職の言葉を耳にすることが決してない、自ら権限と責任を買って出る管理職が政策の執行を主導する分権型、事業部門中心の庁内体制をつくります。

@サービス・事業戦略
  協働のまち宣言!! ~ 脱・官製まちづくり

    公共とは行政(官)だけが設計し役割を担うのではなく、広く住民、事業者、市民活動団体等の市民も一緒になって担うものであるというまちづくりの原点に立ち返り、各種の地域課題に対する行政責任のあり方と公的なサービス・事業の提供手法のあり方を、行政と市民の役割分担という観点から見直します。

 まさに有言実行!まるはだか宣言!>世界中に飛び出す情報受発信と意思疎通のための仕組み・・上記文言は市HPから頂いたものだがpdfをコピー&ペーストで貼り付ける事が出来た。これは行政のホームページでは、ここまでしてくれるサービスは今まで見た事が無い。ほんとに、まるはだか!だ。見られてナンボ!のネットの世界では、この姿勢が大変重要で、他の行政も見習って
貰いたいものである。

 研修の中で一番驚いたのは、人口4万8千人の三浦市職員数が400人と聞いた。富士吉田市は5万2千人に職員が750人、この差はいったい何であろうか? 市民は多少は勉強して、もっと行政を注視しなければいけない。単純に250人多いとして1人年収400万で掛ければ10億円が浮く計算だ。大変実り多い研修であった。



 バスは三崎から横須賀にある記念艦”三笠”へと向かった。
山から下り、高架橋から見下ろすと入り江の中に米軍の艦船が見え、右側奥には海上自衛隊の潜水艦も見える。小学校の高学年からプラモデル作りをしていたので本物の軍艦を見ると、興奮してツイツイ気持ちが高ぶってしまうのが分かる。「三笠は、明治35年(1902年)にイギリスで建造された戦艦であり、日露戦争においては東郷平八郎司令長官が乗艦する連合艦隊の旗艦として大活躍しました。特に、明治38年の日本海海戦では、ヨーロッパのバルト海から派遣されたロシアのバルチック艦隊を対馬沖で待ち構え、集中砲火を浴びながら勇敢に戦い、海戦史上例を見ない圧倒的な勝利に大きく貢献しました。」記念艦”三笠”HPから
 
 船内講堂でビデオ鑑賞した後、船内を見て歩くが1時間では足りなかったが、明治人の国を想い、気骨ある魂に触れた一時であった。以前訪ねた瀬戸内海江田島にある海上自衛隊第1術科学校・旧海軍兵学校の講堂に飾られていた”五誠”は東郷元帥の遺したものである事を、こちらで知った。

   至誠にもとる事なかりしか。
   言行に恥ずる事なかりしか。
   気力に欠くる事なかりしか。
   努力に足らぬ事なかりしか。
   無精に過ぎる事なかりしか。       



 宿はインターコンチネンタルHで帆船の帆をイメージさせてくれる建物で、もう20周年を向かえている。14階の1室へ、偶々遠縁でもある渡邊君と一緒の部屋になった。眼下には港を見下ろし、ベイブリッジが見える男二人では勿体無いロケーションだ。
 6時半に集合し、バスで中華街へ繰り出した。駐車場から四五六飯店まで街を歩いて行ったが人通りが少なく、景気の波がまともに横浜も覆っている感じがした。漢帝廟へ立ち寄った後美味しく中華料理を頂いた。



 9時自由解散となり、渡邊君とタクシーに乗り、サザンのLOVE AFFAIR~秘密のデートに♪マリン ルージュで愛されて 大黒埠頭で虹を見て シーガーディアンで酔わされて♪登場する、Barシーガーデイアンを訪ね、曲を瞑想しながらカクテルなど飲んだ。サザンオールスターズの曲は何を隠そう愛唱歌なのだ。
 世も更けて来るが、このまま寝るのは折角の横浜の夜が勿体無い!繁華街へ繰り出す事に合意し、タクシーに乗車、地下のお店に入店した。広くゴージャスな店構え、女の子も10人もいるが客は自分達を含め4人しかいない。やはり3月以降は暇なのだと言う。1時間半遊んで2人で10000円は安い、吉田に欲しいところだ。まじめにHで就寝♪



 時間にゆとりがありそうだったので急遽、横浜防災センターの視察を提案、前日ではあったが受け入れ可能となった。Hを出て、9時前には到着し開くのを待って入れて貰った。



 中では地震体験・煙体験・暗闇体験をグループに分けて体験させて貰ったが、地震の擬似体験は係員がボタンを押し、地震が来る事が分かっていても怖いものだ。初めて地震装置へ乗ったが良い体験をさせて頂いた。暗闇体験は、小さい部屋でも暗闇になると広く感じるた。床に物が転がっていたりする事を想定すると、最近は誰でも持っている携帯電話を使って明かりを取らせ、脱出させる方が現実的ではないかと思った。

   

 午後、上野で自由行動となり、久し振りに上野の森を散策した。彰義隊の墓で手を合わせ「日本芸術院会館」で芸術院賞受賞作品に触れ「上野の森美術館」では東光展の作品を観覧、「国立博物館」を回ったが、特別展として”手塚治虫ブッダ展の”もしており90分では足りなかった。上野だけで1日かけても良い。




日本の技術の粋を集め完成に向かうスカイツリー




 大江戸博物館、初めて入った、頭でっかちの巨大建物。
江戸の文化を知り、感じる事が出来る施設で、300年以上前に水道水として専用の川を引き込み水の通る橋を作る、瓦屋根の続くJINの世界をタイムスリップして見たくなった。 何処に行っても「富士」に反応してしまう体質、富士塚のところで足を止め、浅草では客寄せに木造の富士山を作り、2年程で台風に遭い、修復出来ず取り壊してしまった話など初耳だった。ツイツイ集合時間を忘れ、電話で呼び出しを受けてしまった。 お江戸は今もワンダーランド、機会を作り何度も足を運びたくなった。今回の研修旅行はそんな切っ掛けを作ってくれた。