令和7年3月26日
午前7時、40名を乗せたバスは靖国神社へと向かい、吉田を出発した。
中央道を大月迄下り標高を下げて行くと、沿道の所々で桜の花が見られ
期待が高まって来た。靖国神社には桜の標本木があり、2日前に開花宣言が
発出されたばかり、今回のバス旅行では、その木も見てみたかった。
大東亜戦争後80年、叔父さんもビルマのマンダレーと云う所で亡くなった。
もしかして、長男の隈男さんが戦地から無事戻っていたら、次男坊の父親は
家を継ぐ事無く、私はこの世に生まれて来なかっただろう。などと考えると
複雑な心境だ。靖国神社に眠る246万を超える英霊に感謝と尊崇の念を
禁じ得ない。
ビルの下、桜の花が咲き出し、その下を卒業式帰りだろうか、矢絣や和装を
着た女の子の群れが歩き街が華やぐ。平和って有難いな~!。
昼食は横浜中華街”揚州飯店”にて食したが、ちょっと期待外れだった。
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