2009年7月17日金曜日

平成21年度(23回)商工観光サービス部会視察研修旅行

   平成21年7月6~7日
  ----- 6日 -----


 7月6日(月)・7時20分、商工観光サービス部会会員20名を乗せたバスは富士吉田を
出発した。河口湖ICから中央高速に乗り、圏央道、関越自動車道を通り関越トンネルを抜けた。赤城山麓以北は初めての地だ。長~いトンネルを抜けると、山々はスキー場だらけである。仕事柄、林立するホテル群を見て、冬以外の季節は大丈夫なのだろうか?と、心配に成る程狭い山間地に建っていた。

 柏崎刈羽原子力発電所

手前から五・六・七号機

ほぼ定刻の13時、柏崎刈羽原子力発電所へ到着した、今回旅行のメインだ。この度の旅行は、サービス部会に同席する東京電力さんの協力と所長の福田さんのお骨折りに拠り実現の運びとなった訳で有難い事です。 ところで、この旅行は原子力発電所見学と云う事で制約があった。身分証の携帯と、見学が終わるまで飲酒出来ない事だった。いつもバスへ乗車と共に「酒!」と叫んで、宴会が始まるバス旅行で、果たして飲まずにいられるか心配になったがそれは取り越し苦労だった。小父さんは、やれば出来るのだった。 原子と聞くと、何処かに引っ掛かるものがあった。原子爆弾→広島→長崎が連想ゲームの様に続くのだ。発電所敷地外にある東京電力サービスセンターにバスは停まり、サービスホールで原子力発電所基礎知識のレクチャーを受けた。可愛いお嬢さんの説明は的を得ており、質問にも嫌な顔もせずに的確に答えてくれて感じ良く、多少あった原子力アレルギー?も、薄らいで行くのが判った。 バスに乗車し、いよいよ発電所の敷地へ入る。入り口ホールで整列し、名前を呼ばれカードを渡される。ゲートの係りにカードをかざし、係りは指差し確認で「ハイ!どうぞ!」で、中に入った。次に、横に8人分?並んだ駅の改札扉を開き、電話ボックスみたいな所に入りカードを所定の感知器にかざすと前のゲートが開くという按配だが、ここで事件が起こった。仲間のおばちゃんが、並んでいた所からボックス内感知器に、使い方を説明する為親切心からカードをかざした為、感知器が認識出来なくなり、2名が10分以上、足止めとなってしまった。この旅行は、こんな事があるから楽しいのだ。 暫くして、笑いながら合流する「困るじゃん、ね~!」六号機建屋へ入ると、先程通り抜けたゲートよりシッカリした作りの電話ボックス状のゲートが並んでいる。開け方を教えて貰い1人ずつ入った。今度は全員無事開通出来た。見学通路を歩き奥へ奥へと進んで行くと、窓の外には200メートルの高さの煙突が見える。   40メートル目前の床下には六号機原子炉がある場所まで入れて貰え、右側には使用済み燃料貯蔵プールがあり、作業員が床を磨き上げていた。そこから移動し、コントロールルームが見える見学室へ入った。目の前には、10人以上の所員が、それぞれ仕事に向かっており、壁のパネルは動いていない0を示す六号機と、試運転中の七号機の数字が印象的だった。 タイミングを計り、係りの高橋さんに「原子力発電所で働くのって怖くない?」と聞いたら「現在、発電所復興の為に9000人の方が働き、その家族の方々も近くに住んでいるので怖さは感じない!」と、目を輝かせてキッチリ話してくれ、逆に聞いた私の方が恥ずかしい程だった。 七号機の性能は135,6万キロワット、1台で山梨県中の盛夏をカバー出来ると聞いた。原子力発電反対の声もあるが、昔の生活へ戻れないし、CO2を増産する
火力発電所の増設も問題だ。人類の叡智で事故を防ぎ、原子エネルギーを友として
使い続ける事が肝要と、柏崎刈羽原子力発電所を観て感じた。1日も早い、本格発電を祈りたい。 

 柏崎商工会議所情報交歓会
       

  柏崎市内は '07,7,16 に起きた中越沖地震から復興し、崩れた家などは殆ど見る事は出来なかったが、何箇所かの仮設住宅や、泊まった宿から見えるお寺の瓦が部分的に新しい物になっているのを見て、地震があった事が伺えるくらいだ。 4時30分、柏崎商工会議所へ到着した。4階の会議室でBCP(事業継続計画)についてと題し、意見交歓をした。企業は、平常時から緊急事態に遭遇を想定し、事業の継続や早期復旧をシュミレーションして、常に備えなければいけない事を痛感した。 6時20分、ホテル岬館へ到着した。高台に建つ瀟洒なホテルで、右手奥には原子力発電所の煙突が見える。眼下には柏崎海岸の波打ち際が見え、日本海へと続く。こんな静かな良い場所で北朝鮮による日本人拉致行為が行われたなんて信じられない。残留されている方の1日も早い帰国を望みたい。 柏崎の夜は、米どころ、酒どころ新潟の旨い酒5升が並び、利き酒と共に楽しい宴会は続くのだった。 
 
      ----- 7日 -----

 柏崎・ホテル岬館


     越の蔵     東北電力ビックスワンスタジアム  
       

 8時、岬館を後にした。土産用に日本酒と云う訳で、急遽、予定していなかった酒蔵売店「越の蔵」へ寄った。こういった場所に立ち寄ると、ついつい群集心理で買ってしまう、こうして少しずつ
バスのトランクは埋まって行くのだ。 東新潟火力発電所


  バスは一路、東新潟火力発電所を目指した。高~い煙突が目印だ、広大な敷地の使われていない場所を利用し、ゴルフ場まであった。火力発電所は原子力発電所と比べ、セキュリテーも簡単で中に入れた。さながら大工場プラントと云った印象で、原子力発電所のほうがコンパクトな印象を受けた。燃料は液化天然ガス(LNG)を使い、海岸側に巨大なタンクが特徴だ。石油危機を経験し
国家戦略でエネルギーを、価格の安定しているLNGへシフトして来たのが判った。 米どころ新潟の底力

 
 カーブドッジに向かう高速道路の両脇には、緑輝く稲穂の草原が広がり平野の少ない山梨と比べ羨ましくさえ思ったが、それにも増して、山麓の荒地を開墾し生きて来た先祖に感謝の思いが湧いた。見学先のカーブドッチも、人が見捨てた荒地に目を付けた落社長が、ぶどうを植え、自ら育てたぶどうの木から本物のワインを作ろうと始めた会社で、その郷土愛と開拓者魂と努力、それにアイデアが加わり本物へと昇華して来た。物真似ではないオリジナルがカーブドッジにあった。ワインも料理も美味しかった、本物志向のこだわりを持つ、こんなお店が山梨に増える事を願いたい。 

 カーブドッジ・ワイナリー



 寺泊


 折角、海の近くに来たのだから魚の土産も・・・と言う訳で、寺泊の土産店に立ち寄る事になり、発砲スチロールの箱がバスのトランクに、いくつも吸い込まれた。 今回の旅行は普段、何気なく使っている電気に付いて考えさせてくれた。ちょっとアレルギー気味だった原子力発電も、今からの日本にとって不可欠のものと理解出来たし、発電所復旧の為に1万人以上の方々が日夜頑張っていることも知った。これからは必要以外の電気はコマめに消し、電気を大切に使いたい。

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