2007年6月22日金曜日

商工観光サービス部会東京研修旅行

商工観光サービス部会東京研修旅行 平成19年6月19・20日

 19日

 19・20日、商工観光サービス部会東京研修旅行へ行って来た。
雨を覚悟して出掛けたが、2日間お天気に恵まれ汗を拭きながらの研修旅行だった。
 商工会議所の本部は皇居前にあり、東京商工会議所ビルの中にあった。
流通・地域振興部長 高橋氏が事業活動の取り組みや、全国各地の観光先進地の
お話を聞いた。地域資源を掘り起こし、ストーリー性を持たせ組み合わせや工夫を
すれば、観光資源となる。観光振興はまちづくりだとのお話に、痛く共感した。
笑い話で地価の話になり、足元の1坪が約1億円と聞いた、東京は恐ろしい所だ。


 研修後、同行した会員天野さんの娘婿さんが経営される丸ノ内ビル3F”メトロ”を
訪ねた。レデイスのお店で、上質のインポート用品を合わせたセレクトショップだそうだが
先程の地価の話もあり、下世話な話だが、家賃や売り上げが気になった。会社は富士吉田市に
置かれているそうなので、是非頑張ってもらいたいショップだ。


 午後から国会議事堂を訪ねた。小学校の修学旅行以来だ。
地元選出議員堀内光男先生の秘書さんが、案内してくれた。私の通行記章(ID)は
野田聖子議員のものだった。いつも国会はテレビで見るが、やはり本物の持つ空気感
雰囲気、迫力は、日本国の立法府である事を醸し出している。暗い室内写真は
国会中央にある塔内部で、高さが65m東寺五重塔がすっぽり入る高さだそうだ。
喫茶室で先生を囲み、コーヒーを頂きながら30分程雑談し、記念写真を撮って分かれた。


 午後6時、屋形船でお台場沖へ出たが、およそ幅4m長さ20mの船を、何度も
切り替えしをしながら、両方に30センチ程も隙間が無い所を操船するテクニックには
舌を巻いた。一応2級船舶操縦士の資格を持つが、こんな場所では操船出来ない。
お台場のフジテレビの前に停泊し、サンセットクルージング宴会となったが、さすがに
天麩羅は美味かった、揚げ立てを持って来るのでフーフー!吹かないと熱い位だった。
然しながら、おねーちゃんのいない宴会は、やっぱり詰まらないものである。

 20日

 9時半、東京を後に鎌倉へ向かった。
平日だというのに鶴ケ丘八幡宮前の信号周辺は、人で溢れ凄い活気だ。週末には
お祭り状態が予測され、市内に人出の少ない地方に住むものとしては、羨ましく
思った。大仏を見学し八幡宮へ参拝したが、大昔、小学校6年の時代に修学旅行で
江ノ島・鎌倉へ来たが、その当時、確か2合の米を全員が持参し、広間で先生が
回収したのを思い出した。今では考えられないくらいお米が貴重な時代の話だ。


 思いがけなく江ノ島水族館に寄る事になった。
当初は江ノ島の弁財天へ行く予定だったが、夏の様な日差しと疲労に負け
予定変更となったのだ。水族館は’02年に新築され、訪ねてみたいと
思っていたので、嬉しかったが、展示・内容共に斬新さは感じられなかった。
ショースタジアムから観える海と江ノ島を借景にしたロケーションは、他の
追随を許さない素晴らしさだった。 


 7時頃、御殿場ICを通り帰って来た。
皆はバスから下りた、車庫への帰り道が一緒の私は、まだバスの中だ
昭和通りを上って行くと、富士山の頂にオレンジ色の傘雲が覆い「おかえり!」と
合図に見えた。「ただいま~!」と答え、家路についた。

2007年3月5日月曜日

石垣・西表島 木の花会旅行

 平成19年2月19・22・21日

 2月19日~21日迄、石垣島へ旅行に行って来た。
松山地区にある松尾神社の世話役をしていた時の仲間、とは云っても皆年上の方々合計10名の夫婦であった。皆さん、夫婦の達人。孫がいて夫婦暦35年以上の大ベテランである。 神社の世話役を終わった後、毎月カミさん達が集まり貯金会をして、そのお金が貯まったので、今回の話とあいなった訳だ。

 一番若く、ネットもやっている事などからカミさんが会の財布を、ツアーを企画立案から運転手まで私がする事になり、ネットで検索し、航空券の手配から宿、レンタカー、西表島ツアー等、総ての行程の段取りをし、○天トラベルを利用し飛行機のチケット、ホテルの朝食付きのツアーを予約した。2日分の夕食会場も各2~3軒用意して置いた。こういった芸当が出来るのもネットのお陰だ。丁度10人乗りのワゴンを持っていたので、羽田空港までの往復に使った。

19日
 午前4時の集合・出発だった。皆さん、定刻に集まり乗車し、羽田へ向かった。首都高も空いており、予約したパーキングへ5時30分には到着、空港まで送ってもらった。ロビーで皆を待たせANAのカウンターへチケットを貰いに行った。
「6時30分発沖縄行・トオヤマ様でございますね、女性の方5名様ハイ!ございます!」 私「すいません!男性5名分・・・?」「ちょっとお待ち下さい・・・・」端末機のキーを叩き、暫くして「男性5名のご予約はありません!」「えッ!無い!」「そんな~!」カウンター内の係りも一生懸命探してくれたが、無常にも「ございません!」の返事が返って来た。搭乗10分前だ。係りは上司と相談して「取り合えず正規料金でチケットをお買い求め下さい。」カミさん達は既に出発ロビーへ入っていた。このままでは行けなくなって仕舞うので、仕方なくカードで沖縄まで5名分18万5千円を決済し、慌てて出発ロビーへ入ると今度は違う係りが「急いで下さ~い、出発3分前です!」ターミナルを端から端までジョギングをしながら機上の人となった。

 定刻から15分程遅れ南の空へ向け飛び上がった。気を使った挙句、空港内を走らされたり朝も早かったせいで睡魔に襲われ、いつしか寝ていたら病院関係者を探す旨のアナウンスが流れた。具合の悪い方が出たのだ。慌し救命バックを持ち乗務員が走り、機長から関西空港へ緊急着陸するアナウンスが入り、飛行機は関空に下りた。お陰様で思い掛けなく、まず来る事などないであろう関空を見る事が出来たが、あのタンカで運ばれたおばあちゃんは心配だ。  

 993便は定刻から1時間遅れ10時20分那覇空港に着いた。
何でだろう?判らぬまま指定された1Fのカウンターへ行くと「遠山様、申し訳ございません!」「ご予約は承っていましたのでお買い求め頂きましたチケット代金はご返金致します。」「良かった~!」 そして、航空券を渡された。見ると男女の便・時間が違っていた。「飛行機を一緒に出来ませんか?」「お買い求め頂きました便はコチラで、ツアー料金ですから、後は正規料金でお買い求め頂くしか・・・」 後ろから声が掛かった。「同じ場所へ行くんだから多少時間がずれても良いジャン!」皆も相槌を打ってくれ、その様にさせてもらった。

 男性軍は1767便12時25分発。女性軍は関空での遅れの為に13時10分発の臨時便とあいなった。13時30分男性軍は石垣空港へ降りた。予約してあったレンタカーで一足お先にホテルへ入り、手続きを済ませた所へ携帯電話が鳴り女性軍も到着した。手荷物をフロントに預け、心細いであろう奥方をピックアップに向かった。空港の車寄せに並ぶ皆さんを発見、車のライトをパッシングすると、手を振り、それぞれが乙女の笑顔で迎えてくれた。

      
   
      

 皆乗車し、川平湾を目指した。左手に見える入り江は干潮で潮引き、砂浜と岩礁が広がっていた。川平湾の至近駐車場に車を止めると、女性軍は一番にお土産屋へ入ってしまった。あらら順序が・・・観光より、まずは土産なのだった。20分程見て・買い、満足した様子で砂浜への坂道を下りた。石垣島と言えば、ここ「川平湾」目の前に白い砂浜エメラルドグリーンの海が広がった。高台の東屋で記念写真を撮り次の場所を目指した。行き当たりばったりの旅、道路沿いにある八重山民俗園へ入った。園の中には昔の民家が移築されていて、流れてくる三味線の音が相まって南国の雰囲気を醸していた。建物の表に回り込むと、おじいと少年が太鼓を叩き、三味線を引いていた。さっきの音はテープでは無かったのだ。生で島唄を歌ってくれるサービスをしていた。良い!大好きだな、こう云う演出は、何より生唄が最高、1曲終わると皆で大拍手をした。八重山民俗園は楽しいお薦め場所だ。

  
   
     

 次に訪ねたのは八重山鍾乳洞だった。切符売り場がチョット判り難い場所にあったり、声を掛けても作業中だったらしく中々係りが出て来なかった。暫くして人の良さそうな小父さんが出て来た。おばさんパワー炸裂、5対1で値切りに成功1000円→700円になった。洞窟入り口は離れた場所にあり、車で200メートル程走った。他には誰も観光客はいなかった。階段を下りて行くと2匹のコオモリが舞って雰囲気がある。小父さんは言っていた「玉泉洞より見事だよ!」嘘だろうと思っていたが、本当かも知れない。規模・長さも大きいかも・・・一見の価値がある場所だ。時間も押し、17時を過ぎておりホテルへ向かった。  

     

 早朝の出発という事もあり疲労しているので、全日空ホテル至近の「ハレアカラ」というレストランで夕食を取ったが、安くて味も良く大当たり、飲んで食べて1人2900円のデイナーだった。皆が大浴場へ行っている間にPCを開き接続を試みたが繋がらない。係りを呼び、観て貰ったが結局繋がらなかった。ホテルを決めた第一の理由は無線ランが出来ると云う事だったが、これだけが残念だった。携帯電話を使って繋ぎ、掲示板に報告を載せ、1日を終わった。

20日
 2日目は”西表島ツアー・由布島・仲間川・うみえーるコース”だった。8時に迎えのバスに乗り石垣港へ向かった、バスは観光客で満員だった。ホテルもそうだったが、客が入っていて活気があり、石垣港には観光バスが集まっていた。バスの最後尾に乗ったので運転手の持つ旗を見失い、人垣の中で主催ツアー会社を見つける為ロビーを右往左往した。高速船に初めて乗ったが、そのスピードの速さに舌を巻いた。時速80キロ以上は出ているだろう、自船はわからぬが、対向する船を観ると、船の大きさと同等の白い泡を山の様に吐き出し猛スピードで通り過ぎて行く。乗船時間は40分程だった。

        
   

 下船しバスで由布島に向かった。昭和44年の台風により島は壊滅的なダメージを受けてしまい、ほとんどの島民は亡くなったり、西表島などに移住してしまった。島の人々が消えていく中で西表正治おじい夫婦は島に残り、再び島に人々が戻ってくることを信じて沢山の椰子や南国の植物を植えたものだ。それが現在、西表の観光に無くてはならないものになっている。
 15号車・マイちゃんの引く牛車に10名は乗った。400メートルの浅い海をマイちゃんはゆったりと歩く。いいなあ!大昔に乗った事がある我が家の牛車を思い出した。後続の牛車から三味線の音と合いの手が聞こえた。乗車した運転手のおじいは不調法な人だった。1時間程島内を観て回り、浜の乗車場所へ集合した。目の前に15番の牛舎がやって来たがスルーしてくれ安堵した。同じおじいじゃ納得出来なかった。「どうぞ!コチラへお乗り下さい。」声が掛かった。ユウサク君の牛車だ。ゆっくり歩き始めると止まり、おじいは頭の上にある物入れから三味線を出した。待ってました!これこれ、これでなけりゃ♪おじいは言った「2番まで唄い気に入るとユウサク君は動き出します!」三味線を弾き安里ゆんた歌った。良い、実に良い!大好きだな♪雰囲気は最高!チョットずれたが、ほんとに2番半辺りで動き出した。ユウサク君はエンターテイメントしていた。岸手前100メートルの所で立ち止まった。おじい「ユウサク君がリクエストだそうです!」一同大笑いで盛り上がった。同じ様に唄い終わると、今度は、ほぼ倍のスピードで前を行く牛車をごぼう抜きして、皆大喜びした。由布島・牛車・おじい、ありがとう!最高に楽しかった。 
 
    

 バスは食事処であるパイヌマナリゾートへ向かった。
原生林に囲まれた閑静な所で西表地方の、祭りご膳を頂いたが質素なものだった。本土では食べられないパパイアの煮物が印象的だった。 仲間川の船着場から船に乗り仲間川を遡上した。川岸の周囲には日本とは思えないマングローブの林が8キロ以上続いてるのだそうだ。まだ行った事が無いが、テレビで見たアマゾン川をクルーズしている様だった。フルーツバッドや冠ワシも出て来て歓迎してくれた。川岸から30メートル程離れた場所にある樹齢400年と言われるサキシマスオウの木を観たが、晩婚では無く・板根(バンコン)の根張りが見事であった。船は川を下り大原港へ着岸した。次は水中観察船「うみエ~ル」へ乗り、西表の珊瑚礁を観た。双胴船で船体の間が長方形の金魚鉢のエレベーターになっていて、それが海の中に沈む作りになっていた。珊瑚礁のテーブルサンゴなど、海中の様子を船中から観たが、趣味の一つであるスキューバダイビングを1年以上やっていない私にとっては、見事な珊瑚達を見せられ返って拷問に近いものであった。金魚鉢の中で見るより、海中へ入りたかった!

       
        

 この夜は繁華街へタクシーで繰り出し、石垣の街を散策した。夕飯を手書きでメニューが書かれて沖縄民謡が外に流れる、そんな雰囲気に誘われるかの様に居酒屋「てんさぐー」へ入った。刺身・いかすみの焼きソバ・イカ墨チャーハンが美味しかった。飲んで・腹一杯食べて1人2000円だった。

      
         

 次に近くの島唄ライブハウス「安里屋」へ入店した。飲み放題1時間半・3000円安里勇氏の唄を楽しんだ。三味線の音と、哀愁を帯びた氏の歌声は、沖縄地方の悲しい歴史まで脳裏に浮かび上がらせてくれ、アップテンポで唄う曲との差が心を揺さぶり泡盛も入り、高揚させてくれた。客も皆一緒に踊り出し石垣の夜を大いに楽しんだ。 石垣島バンザ~イ♪ 島を訪ねる方は是非、どうぞ!お薦めです。 

  

21日
  

 石垣島の日の出は7時0分、富士吉田は6時20分。2000キロ離れると時間の感覚を迷わせてくれる。帰りの朝は綺麗に朝日が椰子の木の上に昇った。10時半、ホテルの玄関で女性軍の見送りを受け空港へのバスに乗った。別れ離れも慣れたのか、旅行に慣れたせいか、開き直ったのかは判らないが、各カミさんの顔には不安な面持ちは無く、安心した。 石垣島と沖縄間で、乗っているジェット機の影が下の雲に映り、その周囲を虹のサークルが出来ているブロッケン現象を発見、慌てて写真を撮った。

       
  

 男性軍は羽田へ15時に到着し、遅い昼飯を食べながら女性軍の到着を待った。
その間を利用し、預けて置いた車をパーキングへ取りに行き、Pの係りに教わった比較的車を止めやすい出発ロビーへ停車し皆を待った。 30分程待った、17時20分。男性軍のお出迎えを受けた奥様方がニコニコと笑みを浮かべながら?(車で待っていたので判らぬが・・・)皆が4番口へやって来た。
 
 皆との旅行は今回で2回目であったが、2泊同一行動するとベテラン夫婦が醸し出す。絶妙で、さり気無い愛情シーンを何度も見る事が出来た。朝食時、便秘の旦那を思いヨーグルトと牛乳をそっと差し出し、人差し指で出ているお腹をチョン!と突つき「早く出なヨ!」と、一言。また、普段の生活では絶対にしないであろう亭主関白な旦那が皆と一緒に並び、やっとこさ自分の食べる分をテーブルの前に並べ、それを見た奥様が、皿を手に一回りしてバランスの良さそうな惣菜を取り、そっと旦那の前に滑り込ませる様に差し出す。旦那は「ウサギじゃないからそんなに食えね~!」などと言いながらも満足した面持ちで食していた。 帰り支度時、隣の部屋に行き、カミさんの手荷物を手にしてバックに詰め込み自分のバックをパンパンに膨らませる旦那もいた。世話を焼やき、焼かれ、そこかしこにベテラン夫婦の見せる仕草が素敵で好感を持つ事が出来、旅を益々楽しくさせてくれた。子供達が年を重ねた時に、こんな感じにア・ウンの呼吸でお互いを思い、行動出来るだろうか・・・自分中心で身勝手な子供らに・・・などと、想いを深くした。

 今回の旅行の一番のミスは、シッカリと送られて来たメールを確認しなかった事だがフォームに5名迄しか数字が無く、2度に渡って手間を掛けなければ行けなかった事がミスを誘った。1回目に5名で○てんで最初に取れたエアーチケットが、同機2回目男性軍の5名は満席で、女性軍だけという訳には行かないので、初回のをキャンセルした積りだったが・・?また二回目の支払いをクレジットカードで決済しようとしたら入金出来ず、信用金庫へ尋ねたら限度額オーバーとの事で、カミさんのカードで決済したり残額が無いと決済出来なくては大変と、慌てて会社のお金をネットバンキングでカミさんの口座へ入金したりのドタバタだった。
 旅行もドタバタで、皆さんに大変ご迷惑をお掛けしたが、無事帰って来れたのでお許し頂き、楽しかった石垣・西表島ツアーの思いでとしたい。 皆さん、お疲れ様でした~♪