2001年6月6日水曜日

ロタ島旅行記

ロタ島旅行記

平成13年4月9~12日
 昨年のサイパン旅行がとても楽しく、印象的だったので、来年もまた行こうと話したのが
現実となり、暗黙の内の了解で、何はともかく日程、旅行場所はロタ島と決まり、4家族
8人での旅行となりました。今回の旅行には刑部さんの旦那さんが体調を崩され、行け
なかった事が何より残念でした。と言う訳で、9名が1名欠けてのロタ島旅行です。

 9日、早朝4時50分、玄関のチャイムが鳴り明るい久美子さんの声が聞こえる。
「おはようございま~す♪宜しくお願いしま~す♪」誰からともなく声が掛かる。カバンを
リアシートの後ろに収めるが、どうやらウチの荷物が一番多く3点、旅行バッグ大小に
カメラバッグである。カメラはスチールカメラにデジタルカメラ、ビデオカメラに水中
カメラの4台となってしまった。私の今回の旅の目的の一つは、HPに載せる為の取材を
出来るだけしっかりする事を兼ねていたのだ。肌身離さず、絶えず手帖を持ち歩き、メモを
取り捲った。どうして何時から、自分はこんなにマメになったんだろうなどと考えつつ・・・
 
 まだ暗い中をライトを点け、クニさんの運転する車は中央道を成田へと進む。富士山に
暫しの別れを告げる最終ポイント都留IC付近で後ろを振り向くと、雪の多かった昨年と違い
薄っすらと残雪の残る富士山が、ほのかに明け始めたの光の中に見える。「ジャ~な!」と
暫し別れの挨拶を送る。大月の周辺は桜が満開、帰って来る時は富士吉田も見頃だろうと
車中で話が盛り上がる。

 停滞も無く、所々桜の散った首都高を抜け、ベイブリッジを渡り湾岸線を千葉へ。途中
湾岸幕張SAで20分程休憩をとり成田へと向かう。葛西駅近く出来た大型観覧車が目に
新しい。道路が混んでいないので快適なクルージングで、7時10分には予約しておいた
ホリデイン近くのゴーゴーパーキングに着いてしまった。後になって知るのだが、この
パーキングは良心的で面白いサービスをしていた。何店かで共同経営し、コストダウンを
計っているとの事だ。車を止めたのはホリデインサイド、帰りは反対側の駐車場に車を
回してあり、そのまま東京に向かえる。チョットした事ではあるが、不案内の者には嬉しい
サービスをしていた。ユニークだったのは駐車中の全車が前を向き、フロントウインドーに
袋に入ったプレゼント人参が置いてあり、こちらも嬉しいサービスだ。お薦めですゴーゴー
パーキング。

 8時 第一ターミナル 北ウイング 4Fに入る、成田空港は何時来ても好きだ、中に
入り、丸1日人間ウオッチングをしていても飽きないだろう、五感に語りかけて来る
イマジネーション、ここに来て旅行が始まる。チェックインを済ませ、それぞれ時間を
潰す。雑貨屋でメモ用手帖を買い、留守宅に出掛ける旨の知らせを携帯でし、その電源を
切りバッグの一番下に仕舞い込む。 
  
  ノースウエスト076便 10時35分 定刻の出発。

 フライトは揺れずに快適そのもの、ノースウエストのスチュワーデスはおばちゃんが多いな!
などと考える余裕のフライト。機長の機内放送でサイパンの温度が32℃と知り、機内にドット
感嘆の声が上がる。 

14時55分 1年振りのサイパン到着

サイパン乗り換え場所
 サイパン空港を右に出て端まで歩きますと、その先に
ロタへの乗り換え場所がある。カバンを預け、チェック・
インを済ませ、待合場所の隣にあるカフェ&レストランに
クニさんと入る。薦め上手のフィリピーナのおねーちゃんの
誘いを断り、8.5㌦の高い焼きソバ、焼きウドンを 
買わずにバドワイザーを買うが2本7㌦でやはり高い。

 
 空港の周辺はトロピカルなムード一杯の
花達が美を競うように咲き誇りいやが上にも
暑さと共に気持ちが高揚する。
 火炎樹の赤と、青く澄んだ空気が気持ち良く
マッチする。1年振りのサイパン!やっぱ
GOODである。

 
昨年ダイビングでお世話になったD-キッズの
NORIKOさんは元気だろうか?グロットに
潜る時タンクを担いでくれたタケちゃんは
相変わらずだろうか?などと、サイパン唯一
2人だけの知人が妙に気になった。


 
 ノースウエストAirLink双発の
プロペラ機 4時15分発
 初めてのプロペラ機である、翼の付け根の
所に座ったのでプロペラの回転が見え、ジェット
と違いぺラが回るので「頑張れ!頼むよ!」
などと心密かに声を掛けてしまう。

 
 およそ30分のフライトだが、離陸すると同時に
眼下に見える波打ち際は、日本の海とはかけ離れた
色合いを見せ、南国の海を主張する様に白い波が
岩肌を打つ。飛び立つと直ぐにテニアン島が目に
飛び込み、低い雲、海をみているとアット言う間の
30分である。

 
 ロタ島に近づくと驚いてしまった!
サイパンも綺麗だったがロタの海は違った!凄い!
上空から見てもその違いが分かった。マリアナ諸島で
一番の透明度だと言ううたい文句も、あながち嘘では
ないかもしれない。
 空港はローカルな、の~んびりした感じの空港である。
空港から出ると、お世話になる”ココナッツビレッジ”の
車が迎えに来ていた。鳥の気ぐるみを着た現地の方から
プルメリアの花のレイを首に掛けてもらい乗車する。

  ロタ空港の玄関は 
サイパンのそれと比べて植栽も整っており、とても綺麗だ。  
 
 ”ココナッツビレッジホテル”は日本の会社が18年前に
作ったそうだ。お客様は90%日本の方が中心で、滞在中に
1組の外人カップルを見かけただけだ。私達の泊まった
コテージは1棟を2つに分けたモノで、木造なだけに隣の
物音がどうしても気になる構造である。18年間に殆ど改築は
されていないだろうと思われる、立て付けが悪くなっており
隙間があり、部屋の中から外が見れる。

  設備的にはボイラーが 
無く、太陽熱温水器が屋根に設置してありその湯を利用
するのだが、どう言う訳か夜8時以降、朝8時まで給湯
されず、時間外は冷たいシャワーを浴びた。気温が高いので
そんなに苦にならないが、リピーターを求めるには必要では
ないだろうか。他に風呂の栓がピタット止める事が出来ないのも
困りもので、滞在中はシャワーだけだった。
 しかしながら、マイナス要因を引いても余る程で自然を楽しむ者にとっては素晴らしい環境で
ある事は間違いない場所である。ヤモリが時折餌を探して壁をはう。




南の島でのお楽しみの1つに夕焼けを
眺める事がある。プールサイドに
ひっくり返り、ビールなど飲みながら
ぼんやり1日の終りを見つめる。
 
「至福の時だ!」





9日の晩はホテルのレストランで頂きました。
 
     ・チャモロディナー 25㌦  
左から ビーフケラグェン、カドンピカ、ブロイルポーク、チャモロレッドライス
 他に ココナッツジュース、 :  サシミ、タロイモアイス  
ウイスキーのボトルを1本取り小宴会 お支払いは 286㌦ 


  
アメリカンブレックファースト、フルーツブレックファースト、日本食  
 10日朝のメニューより


 今回の旅行も
朝食付きにしたが、やはりこのスタイルが正解でした。来て見て分かったが
ホテルの回りに何も無い場所では間違いなく有効である。ホテル周辺には
花が所々に植えられ、ヤシの木、プールと共に南国の雰囲気を醸し出す演出を
担っている。


11日は皆と別れ単独行動でダイビングに向かった、途中のテテトビーチに
皆さんを降ろし、ホテルのワゴンはお世話になるダイビングショップS2へ。小さなソンソン村を縦断し
東港の前を左に曲がり、300メートル先右にS2はあった。小さなショップだ、ピックアップにでも行って
いるのであろうか鍵が掛かり誰もいない。裏に回るとテーブルとイスがあり、ブリーフィングが受けられる様に
なっており、目を左に移して驚いた!表現の仕方が分からない程素晴らしいロタの海がそこにあった。
 砂浜の近くは透明、薄い青、薄緑、紫、紺、濃紺と、水中下の地形、水深、太陽の光によって変化し、一眼で
見てとれる。子供の頃から思っていた海は青色の概念を、根底からヒックリ返す素敵な海だ。

 暫くして荷台にダイバーを乗せたトラックが入って来た。機材を借り、宣誓書にサインして港に向かう。  
乗船し10分程でポイントに着き、アンカーロープに係留してバックロールで潜り始める。流れは少しだ
下を見ると20メートル先迄延び、岩礁にしっかり噛んでいるイカリまで見える透明度だ。
 
 ファイア・ワークスポイント 岩礁から少し離れた砂地にポコットある岩場にサンゴが付き、デバスズメダイが
                出たり入ったりを見たり、砂地に生息するガーデンを見るポイント    


 
 テテトビーチにて  DIV・P ファイア・ワークスにて    

  期待して入ったわりには収穫のないダイビングに終り、船上から見た島、空の色、水の色だけが綺麗で印象的
に残った。インストラクターから午後の予定を知らされ、2本目潜るポイントが希望のロタホールでない事を知り
皆と別れての行動を自戒し、2本目をキャンセルしホテルに戻り皆と合流する。辻家に集合していた、皆と別れて
4時間もたたないのにそれぞれの顔が日焼けしてまぶしい。乾いた喉に良く冷えたバドが染みる。
 今回残念だったのは、同行した60歳を超える三枝さんが、旺盛なチャレンジ精神で体験ダイビングを希望して
いたのに海況が悪く、させてやれなかった事が悔いを残した。                        


(クリックすると大きくなります)

 レストラン”フィゲロア”
 2日目の食事はソンソン村のレストラン”フィゲロア”に行く。
数少ない土産屋、スーパーをひやかし、6時に入店すると先客が
2名。店内の壁天井には書き込めない程お客が記念に残したサインが。
ボリュームがありそうなのでシーフードピザとタコスを注文、それぞれ
ドリンクを頼む。ピザはやはりでかくて美味しかったが、タコスは
日光の手前「今市」であった。 116㌦


 
 食事の後は山本邸を訪問する事になっていた。
山本さんご夫妻はロタに永住を決め2年4ヶ月ロタ島に住まわれている日本人で、1日目のレストランで
隣に座られ、ホテルの土居君が紹介してくれ少しだけ話をした。翌日、皆でテテトビーチに泳ぎに行くと
後から山本さんがやって来て泳ぎだし、声を掛けた所、家に招待してくれたとの事だ。


手土産をスーパーで買い求め山本邸に
お邪魔する。傾斜地に建つコンクリート創りの
白いおしゃれな家だ。芝生の庭に立つ東屋で
お持て成し頂き、奥様手作りのタピオカスターチを
使った特製「マサコモチ」を頂く。
 山本さんは五郎&ゆりさんの結婚式では要人の
接待係の中心として活躍されたと、送ってくれた
土居君が話してくれた。
 仕事をリタイアされ、子供さん達も巣立ち第三の
人生をロタ島で生きるご夫妻に接し、驚嘆と羨望と
嫉妬が胸に渦巻く不思議な感動を覚えた、どうぞ末永くお幸せに!


 お別れの挨拶を済ませ車に乗り、土居君に土産を買う為に東港近くのモービルスタンドまで回り道
してもらう。ロタハニーを買う為である。日本人のおじいさんが作っており、土産に丁度良いと言う訳で
探し尋ね見つけた。スタンドの従業員も驚く買いっぷりで1本残らずの20数本を買いホテルに帰った。

 11日、早朝 「ギャッ!ギャッ!」と鳴く、オオチョウ(鳥の名前)の鳴き声で目を覚ます。
因みに家ではゴミを漁るカラスに時々だが起こされる。ベッドで聞く鳥の鳴き声の違いで非日常を感じ
今、自分はロタ島にいるんだと眠気の中に思い出す。


 
 朝8時、男性3人でトローリングに向かう。 
西港からの出船だ、キャップテンは現地のジョンさん、漁師ではなく役人だ
そうだ。西港の水の色はライトグリーン、桟橋から出て0.5マイルも
走らないのに海の深さで色が変化する。こんな激しく変化する海には今まで
会った事がない、まるでカラーパターンの様だ。定石どおりジョンは鳥山を
目指し、西港沖を流すが鳥山も小さくヒットなし。1時間程流し南進。


ウエディングケーキマウンテンのあるハルノン岬に
近づくとジョンが「ドルフィンと指差す」ビデオに撮る間もなく、早い
スピードで船底の下を3頭のイルカが凄いスピードで泳いで消えた。
 岬を回ると海況が一変した、波が立ちうねりさえある。突然リールが鳴る!
ヒット!年功序列で1番ヒットは三枝さんだ、3分程でファイトで丸々に
太った50cmのカツオが釣り上がった、銀色に輝き綺麗だ。
 30分後リールが!辻さんの番だ。デカイ!ジャンプした。シイラだ!


 
  三枝さん         辻さん         遠山


中々寄って来ない、ジャンプ!アッ!エンジンの側まで寄せて逃げられてしまった。シイラの勝ちだ。
 15分後また当りが来た!私の番だがロッドを持つ間もなくバレてしまった。暫くして当たりが
今度は乗った!重~~い!運動不足の体にはキツイ!途中一息入れる自分が情けなくなる。1,2mの
バラクーダだ。20分後ヒット!次は三枝さん、1,4mのバラクーダだ私の上げたヤツよりでかいが
簡単に上げてしまう、さすがに板前さんで厨房に入り包丁を握っているから腕力が違う!参った。


3時間のトローリングでヒットが5回。  
3本を上げる事が出来た、ロタの海は綺麗だけではなく豊穣の海である。
  300㌦


 ホテルに帰り、持ち帰ったカツオをレストランの厨房を借り
三枝さんが刺身におろす、おにぎりを作ってもらいプールサイドで
カツオ刺身パーティーだ。南洋のカツオもなかなかである。


 
 

 午後から半日観光に出掛ける。 
  38㌦
  ロタ松島にて

 
 ハルノン岬のタイピンゴット山
  (通称 ウエディングケーキマウンテン)

これがホントの海の色だ!
 海に向かいて言う事無し!
  とにかく綺麗だ!



 

 フルーツ農園
ロケーション&雰囲気がとても良い場所だ。
こちらの奥さんは日本人で4ヶ月位の赤ちゃんを
抱いていた。南国していた頭が孫の純ちゃんを
思い出す。


 
 とても珍しい果物を沢山食べた。
サワーサップ、スイカ、パパイヤ、青マンゴ
サトウキビ、スターフルーツ、ココナッツの刺身、他
 サワーサップは始めての味で、酸味の中にこくがあり
とても美味しい果物だ。
 野口五郎&ゆりさんが結婚式を挙げた場所はすぐ隣
にあり、政府のお役人の別荘だそうで、ロケーションは
上に掲載している海の写真とほぼ一緒だ。



    


  展 望 台
 フルーツ農園から戻り、ソンソン村に入り千本椰子に行く、下車せずに中をグルッと回り展望台へ
急峻な坂道を登り、少し下ると一気に展望が開ける180度の視界だ。展望台の位置は丁度ハルノン岬の
付け根にあたり、下に見えるのがソンソン村、奥の山はウエディングケーキマウンテンだ。
右がフィリピン海  左が太平洋

(クリックすると大きくなります)


テテトビーチ 



 


  バードサンクチュアリー
 途中、テテトビーチで遊びバードサンクチュアリーに向かった。空港を過ぎジャングルの道を走ると 
駐車場があり、50メートル程歩くと視界が開け断崖の上に着く、おそらく垂直に100メートルはあるだろう。
沢山の鳥達が乱舞していた。自販機も土産屋もない無垢の自然だ。


 
 カツオドリの幼鳥にウインナをやる久美子さん。
土居君によるとカツオドリが人にこんなに近づくのを
見た事が無いそうである。


 
スイミング・ホール

岩礁に出来た潮溜まりで尋ねた時は潮が引いていた。
 真水が湧いており掬い上げて飲んでみると
冷たくて美味しかった。







ココナッツビレッジ・プールサイドにて



 
 11日の晩は「トンガ・トンガカフェ」に行った。
ソンソン村入口にあり、駐車場に車を止めライトを消すと
真っ暗な中に小さな灯りが等間隔で足元を照らす。
雰囲気のある店だ。東屋に案内されテーブルに付くと
微かにテーブルの下からお香の香りが漂う、蚊避けも
兼ねているのだろう嬉しい配慮だ。



 



1、牛肉と野菜の唐辛子入りスープ煮         4、白身魚のから揚げ 
  2、牛肉と野菜のサラダ・ゴマ醤油ドレッシング    5、牛肉とタロイモのココナッツミルク煮 
    3、青ブダイのから揚げ                 6、骨付き豚ロースソテー
  163㌦でした。


 
 東 京 苑 
トンガ・トンガカフェでの食事を終え、迎えの車を待つ間
ぶらぶら歩くと派手な店舗が目に入り、仕上げはラーメンでしょ!
 遊んでいると実に良く入るものだ。


 

 いつもは午前2時前には休んだ事がないのに、午後10時に寝て
しまうので朝は早い!散歩しながらの1枚。鳥の鳴き声、静かな波音
ロタの朝を独り占め、心豊かになる時間だ。

 土居さんに聞いた話だが、ガァム島のあるビーチではホテル前のビーチで
汚染が進み水泳禁止の所があるそうだ。この自然一杯のロタ島がその様に
ならない事を祈りたい。
 テレビ、ラジオのない生活など考え及ばなかったが、ロタ島は忘れていた


 
ものを思い出させてくれた。自然の中に身を置く事の楽しさだ。
 自然に抱かれ、海に入る事が出来なくなったら・・・・
自然が毎年壊れいく富士山麓と重ね合わせ、自然を後世に残す
為にも自然を保護し、守らなければと決心し取り組む決意を
ロタ島に誓った。



 
 空港前にある第2次世界大戦に使われた戦闘機の
エンジンのモニュメント
  
  国の為にと散った英霊に感謝して
 



 
 帰りは午後1時30分の為、午前中ゆっくり過ごす事になり 
プールサイドでロタの太陽を慈しむ様に焼きながら読書した。

 荷物をまとめ、フロントに出向くと稲葉支配人がサワーサップで
作ったフェアーウェルドリンクを振舞ってくれた。美味しい!



 
 レンタカーも借りずに有料のホテルの車ですべての行程を過ごしたので
ホテルにとっては上客だったのではないだろうか。出来たら団体割引など
して頂けたら好印象を残したのだが。ホテルへ落としたお代は宿泊代別の
1171㌦であった。

 支配人に送られてココナッツビレッジを後にする。


 

 ロタ空港
午後1時30分、定刻にロタ島を離れる。ちょっと寂しくなる!
        
        当初の想像を遥かに超えた楽しい旅であった。 

        すべて順調の行程で午後10時30分に家に到着する。 


 家に帰り思うのは何処へ行こうと、どんな所に泊まろうが、自分の匂いの染み付いた布団
自分の部屋が、ヤッパリ!何処より1番の リゾート I ランドだ♪

                              完

2001年4月18日水曜日

伊豆半島旅行記

伊豆半島旅行記   平成13年1月15、16日

 それは突然でした。朝、かみさんの「ねえ暇だから、旅行へ行こうよ!」で始まりました。

 昨年、4月2日からトレーラーハウスの撤去から工事が始まり7月29日のログハウスの完成、そして8、9月の繁忙期を乗り越え、暇になるかと思ったら忙しいままに年が明けてしまいました。 景気が悪い状況下でありますが、ほんとありがたい事だと思っています。しかしながら休まず仕事を続ける事は辛い事です。正月が過ぎ、第2週を超えましたら、ご予約の数が平日2、3組になって来ました。かねてから、暇になったら旅行へでも行こうなどと誘われていましたが、空返事で過ごして来ました。15日の朝、また言われ。 「よしっ!いくぞ!」となった訳です。

 一家言として「そなえよ常に!」を身上としている私としては、あまりにも突然、唐突過ぎます。出掛ける先も決まっていない、泊まる先も決まっていないのです。お客様のチェックアウトを済ませパソコンに向かい検索。「おーい!伊豆の何処へ行く~」「修善寺~!」「旅館?ホテル?どっち!」かみさんは身支度をしながらの返事!行き先は伊豆修善寺、ホテルの予約が取れ、12時半出発。何と!行く事を決めてから出発迄2時間の慌しさでした。

 孫のスミちゃんにバイバイをして、いざ出発!
東富士五湖道路、富士吉田ICに入る。BGMは、ついこの間買ったばかりの「サザンのバラット3♪」車に乗ったら好きなBGMを掛ける、高速道路は何時走っても好きだ、この道が日本中に続いていると思うだけで気持ちが開放的になる。須走ICで国道へ下り、東名御殿場ICから沼津ICで下り国道1号線を三島へと向かう。伊豆半島の真ん中を走る136号線を南下して行きますと大仁町あたりで右側の山にロープウエイが見えます。何十回も走りながら、気にはしていたのだが乗る機会が無く、今までを
過ごして来たが、ホテルのチェックインまで時間にゆとりがあったので乗る事にしました。
 
長岡・かつらぎ山ロープウェイ
 全長1800メートル、標高452メートル、所要時間7分。 スキー場のゴンドラリフトを思い出しスキーを持たずに手ぶらで”スカイライド”に乗る事だけで、変な違和感を感じてしまいました。頂上に上がりますと、眼下には駿河湾、遠方には雪を被り、恥ずかしそうに雲の衣をまとった富士山が見え振り返りますと天城連峰が屏風の様に立っています。風も無く穏やかな日、360度の展望「かつらぎ山スカイライド」は閉所恐怖症の方、高い所の嫌いな方でなければ一度はお薦め、なかなかである。

 側を走る伊豆中央道路に乗り修善寺までは10分足らず、チェックインを済ませ、町の散策へ。修善寺は町の真ん中を流れる桂川に沿って両側に温泉街として発展した町で、しっとりとした佇まいのノスタルジックな町です。桂川の川音を聞きながら散策出来る遊歩道があり、竹林の中を歩いたりギャラリーがあったり、旅館から湯気が勢い良く出ている脇を歩く事が出来て、とても楽しい散歩道です。旅館の間を流れる桂川上流に夕日が沈み、橋の赤とマッチしてとてもロマンティックな風情を醸した1日の終りです。宿は”ホテル桂川”可もなければ不可もなし、普通のホテルで印象はありません。

 16日、午前9時に家に電話し様子を聞くと、まったく暇との事に側にいたカミさんが一指し指で合図はもう1泊のサイン。「・・・じゃ、いいかな?もう1泊しても!」息子の嫁さん三奈ちゃんが明るく「ハ~~ィ!良いですよ、気を付けて~!」「じゃ、頼むね~!」でまたまた突然決まった2泊目。早速、ノートPCを開き宿泊先の検索し”堂ヶ島ニュー銀水”に決め電話するとOK!で一安心。午前10時にチェックアウトを済ませ、修善寺隣の駐車場に車を止め
修善寺を見学。

  修善寺
修善寺温泉発祥の寺で、温泉場の中心にあります。平安初期の大同2年(807年)に弘法大師が開基したもので鎌倉初期になって建長年間(1250年頃)に蘭渓道隆(臨済宗鎌倉建長寺開山の宋禅僧)が住し、桂谷の風致が支那の廬山に似ていることから当時は肖廬山と号した。応永9年(1402年)には火災を蒙り伽籃を全焼して寺は荒廃し衰退した。その後、延徳元年(1489年)に至り、韮山城主の北条早雲が外護者として再興し、叔父の隆溪繁紹(遠州石雲院)が住んで曹洞宗に改宗され山号も福地山と改められ今日に至っている。



 寺の印象は大伽藍を想像していましたが、思っていたより小じんまりとした寺の割に鐘楼が素晴らしく立派で、境内は掃き清められており、寺をお守りする方々の気持ちが感じられる名刹である。11時の新井旅館見学時間までの時間潰しに独鈷の湯に立ち寄り「パチリ!」

独鈷の湯(川の中州にある建物)
大同2年(807年)に、弘法大師がこの地を訪れたとき、桂川で病みつかれた父の体を洗う少年を見つけ、その孝心に心を打たれ「川の水では冷たかろう」と、手にした独鈷杵(仏具)で川中の岩を打ち、霊泉を湧出させたという。そして、大師が父子に温泉治療を教えたところ、不思議なことに父の十数年来の固疾はたちまち平癒したと 伝えられ、その後、この地には温泉治療が広まったという。修善寺温泉発祥の温泉で、伊豆最古のものだそうです。



 見学時間になり、入館するとロビーには人だかりがしており、その人達30名程は見学者の皆さんでした。説明員の話に熱心に聞き入り、途中で私に入った携帯の音で注目され恥ずかしい思いを致しました。

新井旅館
 創業明治5年の老舗旅館、建物全体が登録文化財で現在営業中。文化財の中に宿泊出来る事が凄い事だ。 玄関正面に掲げられた横山大観 書「 忙帯腰 」意味は温泉に入りあまりの気持ち良さにふんどしを付けるのを忘れてしまったとの事です。まさに言い得ており、画伯の印象が人間的になり絵を観る
見方が変わりました。

新井旅館に訪れた多くの文人・墨客達



 新井旅館 渡りの橋
 玄関ロビーから雪の棟へ架かる太鼓橋天平風呂の柱、風呂に座って池の鯉が水族館の様に見える設計、瓦、庭園、木々、池、庭内の川、その他 各所に匠の技を観る事が出来ます。 案内して頂いた1時間がアッという間に過ぎる楽しい一時でした。テレビ番組で、いにしえ人の品々に値段を付ける番組があるが、新井旅館を訪ね、その中に身を置き、かの番組に一抹の寂しさを感じてしまいました。




 虎渓橋近くの陶器屋さんに入り、見回すと、お酒を注すのに丁度良い、片口の器を見つけ土産に買い求めました。車がすれ違うのも大変な路地のある修善寺町は昔ながらの風情を残すスマートボール、射的、玉込めパチンコ屋等が今だに点在し良き時代の温泉宿の町並みを残し、とてもしっとりとした素敵な町です。 池に浮かぶ能舞台がある名旅館”あさば”の近くにある蕎麦屋”朴念仁”にて蕎麦を食す。フランス産のカモを使ったと言うカモ南蛮は、良いダシが出ておりグッドでしたが蕎麦、かえしはこだわりの店としては普通でしょうか。

 修善寺を後に、久し振りに西伊豆の海岸線を走ってみたくなり、達磨山を越え戸田村へと向かう。


修善寺から戸田村に向かう途中、達磨山展望台からの富士山

快晴、無風のポカポカ陽気に誘われるように、ルート途中の達磨山展望台に立ち寄ると、眼下に駿河湾、奥には雪を頂いた我らが富士山が一幅の絵の様にいい眺めで、まさに富士五湖は富士子さんの手鏡、駿河湾は立ち鏡といったところであろうか。戸田までの下りは、急カーブの連続九十九折れで車酔いされる方は、まず下まで持たないであろう難所です。村の中、海が見える信号を左折し人家が

無くなる所で右を見ると戸田港の向うに富士山が見えるのを発見、デジカメを取り出し「パシャ!」カメラの音に似せた電子音が虚しく響く。 このデジカメの電子シャッターはどうも如何にもと言う感じでスキになれない。 写真の方は、戸田岬、戸田港、船、松すべてがマッチしてバランスが良い。



 戸田港からの富士山       

 戸田から土肥までは海岸線断崖の上にある林道、木々の向うに時折海が見えるそんなコースで、ドライブには目線に海が見える湾岸道路の方がスキである。 国道136号線を南下して行くと右前方に三四郎島が見え、大きく左カーブした右に宿泊先”堂ヶ島ニュー銀水”午後3時30分チェックイン!  部屋の窓から見える夕日は格別、西伊豆は何と言っても太陽が海に沈むサンセットを見るのには最高に良い所、ロマンチックな地方です。
堂ヶ島の夕日

 ”堂ヶ島ニュー銀水”は、ホテル100選に選ばれるだけあって、とても心使いの行き届いたホテルです。大きいホテルですが、旅館の様にとても細やかなサービスを提供してくれ、行った日は平日の閑散期にも係わらず8割の入りに驚くと共に、帰る時には納得してしまいました。 夕食は部屋出し、料理、素材、ボリュ-ム言う事なし、仲居さんが絶妙のタイミングで運んでくれます。朝はダイニングでのバイキング形式ですが、このホールが見事、圧巻です。テーブルの前方160度が開け、左に三四郎島と後は太平洋、今まで行ったホテルの中では1番のロケーションです。仲居さんは同じ方が朝まで変わりません、朝、新しい仲居さんに代わりますとどうしても気を使いますので、このサービスは結構嬉しいです。チェックアウト時、仲居さんが荷物を持ってフロントまで誘導し、清算をしている間に部屋に取って返し、室内をチェック忘れ物のある無しを確認、客にその旨をお知らせするサービス。交通安全祈願した折鶴にご縁いや、5円のお守り、おもりを付けた飾りをさり気なくプレゼントするサービス等、さすがです!
 また、行きたくなるホテルです。

 
  長八美術館
 10時、ホテルを後に下田をへて、東伊豆海岸線を北上する事にしました。松崎町を走りながら、以前立ち寄ろうと思っていた場所長八美術館に寄りました。こちらは左官の名工”入江長八”漆喰(シックイ)の芸術です。浄感寺が記念館になっており、丁度館主がおられ説明をして下さいました。寺の為に書上げたフレスコ画の竜、漆喰で塗り重ねた天女”彩雲”。寺は南北に建っており、東から上がり西に沈んで行く太陽の光線を巧に計算し差し込む光りで竜の目が輝きを増したり天女のなびかせた衣がヒラヒラと動く、太陽光による演出。もし、偶然で無く、ホントに効果をそこまで計算して創ったとしたら・・・・!  松崎をお通りの際は是非お立ち寄り、ご覧下さいお薦めです。
   
 下田を回り北上、伊豆高原の大室山へ
こちらも何時も通りすぎるだけで寄った事のない場所です。2人乗りリフトで5分ほどで頂上、ご飯茶碗をひっくり返した様な形の山で、富士火山帯の中にある火山上がってみますと爆裂火口がきれいに円を形成しており火口の大きさ、城ヶ崎まで流れ出た溶岩に地球の息吹を感じました。写真はゴルフ場の上が伊東市、相模湾です。 

 つらつらと考え、今回の旅行に名前を付けますと「伊豆再発見の旅」とでも致しましょうか。ま、今までが忙しかったり、ゆとりが無かったと言う事でしょうか。子供達を引き連れ海水浴へ、また、釣りへダイビングへとただ目的地まで一目散でした。 人生もハーフを過ぎ、そういったゆとりが出来た事を喜んで良いのか、また、若い時の様に目的に向かって突き進む情熱、集中力がなくなって来た事が悲しいのか解らないが、どちらとしましても旅行が出来る環境にあるという事は、とにもかくにもありがたい事ではある。